2008年5月開催 INTA BERLIN総会に出席(5月14-25日)
2008-05-14

本年度からワイゼル社はINTA(国際商標協会)に加入したが、その理由は益々盛んになる知的財産業務の国際交流に対して会社として対応するためであった。
INTA総会は毎年アメリカでの開催であるが、5年に一度はアメリカ以外で開催する。
これはINTAの会員獲得政策でもあり、ヨーロッパ会員へのサービス強化でもある。
AIPPIと並ぶこの巨大組織は会員7000人と言われ、活発な活動は定評があるので、将来当社の事業をさらに国際化するための準備としても、総会に参加して布石を打ちたい、というのが会社の方針であった。
INTA総会は毎年アメリカでの開催であるが、5年に一度はアメリカ以外で開催する。
これはINTAの会員獲得政策でもあり、ヨーロッパ会員へのサービス強化でもある。
AIPPIと並ぶこの巨大組織は会員7000人と言われ、活発な活動は定評があるので、将来当社の事業をさらに国際化するための準備としても、総会に参加して布石を打ちたい、というのが会社の方針であった。

予想通り、大きな会議であり参加者は4000人を超えた。
参加目的を明確にしないと押し流されてしまう危険があるが、榊原は一度目の参加にも関わらず、会の概要と交流会としての有効性を十分認識できた結果となった。
松浦は参加経験があり、社長の初参加をアシストできたと考えている。
二人とも交換した名刺はそれぞれ200枚近くにのぼり、WISEL社の存在を十分にアッピールできたと考えている。
また、この機会にアラブ地域その他低開発地域や中国、インド、ロシア、ウクライナ、ブラジルなどの新興国の弁護士たちとも交流ができたことは今後の調査業務にとって大きな収穫である。
会場内の各事務所や官庁(OHIM,USPTO)のブースも盛大であり、参考になった。
参加目的を明確にしないと押し流されてしまう危険があるが、榊原は一度目の参加にも関わらず、会の概要と交流会としての有効性を十分認識できた結果となった。
松浦は参加経験があり、社長の初参加をアシストできたと考えている。
二人とも交換した名刺はそれぞれ200枚近くにのぼり、WISEL社の存在を十分にアッピールできたと考えている。
また、この機会にアラブ地域その他低開発地域や中国、インド、ロシア、ウクライナ、ブラジルなどの新興国の弁護士たちとも交流ができたことは今後の調査業務にとって大きな収穫である。
会場内の各事務所や官庁(OHIM,USPTO)のブースも盛大であり、参考になった。

パーティ会場の一つである技術交通博物館
各委員会の終了した日の夕方には、諸大手事務所のパーテイが催されたが、1900名もの客を東ベルリンと西ベルリンの堺にあった元発電所の建物へ招待したり、1100名を技術交通博物館に招いた事務所があり、ボーカル付きの楽団の演奏の中で諸外国の知財担当者と食事とドリンクを大いに楽しみ、話が弾んだ。

公共施設がこのように私的な目的でも利用できることにいささか驚くとともに、市民に対して開放的な姿勢にうらやましさも感じた。
また、このような会は何時に来ても、何時に帰っても構わず、主催者の開催の挨拶も、お開きの挨拶もなかったが、パーテイの進行には却ってスマートな感じがした。
また、このような会は何時に来ても、何時に帰っても構わず、主催者の開催の挨拶も、お開きの挨拶もなかったが、パーテイの進行には却ってスマートな感じがした。

なお、旅程の中で往路にはミュンヘンに寄り、かねて親密なGrunecker事務所の移転先を訪問して打合せ、また、故Stockmair博士のご夫人にお目にかかり墓参をさせて頂いたことは大変感慨が深かった。
帰路はパリに立ち寄り、取引先のPASTORS事務所でPASTORSさんと所員のLAVEさん、長年の協力者である、元ヨーロッパ特許庁部長、BEHMOさんにお目にかかりお礼を申し上げることができた。
さらに新規開拓として100年の歴史を誇るというCABINET PLASSERAUDを訪問できたことも収穫であった。
帰路はパリに立ち寄り、取引先のPASTORS事務所でPASTORSさんと所員のLAVEさん、長年の協力者である、元ヨーロッパ特許庁部長、BEHMOさんにお目にかかりお礼を申し上げることができた。
さらに新規開拓として100年の歴史を誇るというCABINET PLASSERAUDを訪問できたことも収穫であった。
(記)代表取締役社長 榊原良一、顧問 松浦誠四郎

